怒ることと怒りのコントロール

人間誰しもが「怒る」と思います。ところが、最近の私はあまり怒らなくなりました。なぜなのだろう?と思って振り返ってみました。

怒る理由はなんだろう?

「自分が大切にしていること」を傷つけられたから

人は誰しもが「自分なりの大切にしていること」があります。それは人それぞれに違っていて、大きさや重さ、数がそれぞれに異なっています。

例えば私自身のことであれば、時間を泥棒されると強い怒りを覚えます。また、やらない理由をたくさん述べて自分の責任を取ろうとしない人にも怒りを覚えます。

これは、私自身が時間をとても大切に考えており、時間を有効に活用することを重要視しているからで、また、自分でやることと自分で責任を取ることは大切だと考えているからです。その「大切にしていること」を他人が大切にしないときに、「なぜ自分の大切にしていることを無下にするのか?」と怒りを覚えます。

大切にしていることは人それぞれ違う

厄介なのは、大切にしていることが人それぞれ違っており、更に厄介なのは、誰かが大切にしていることは、誰かが「どうでも良い」と考えている事なんだと思います。

例えば時間を大切にしたい私にとって、仕事中に電話がかかってくること、特に長電話はとても怒りを覚える行動ですが、別の人にとっては最低でも電話で説明すること、最も良いのは直接会って説明することと考えている場合があります。この二人が何かについて相談する時には、お互いの「大切にしていること」がぶつかり合うので、「あの人とは合わない」という関係が出来上がります。

怒りに我を忘れないようにするためには

人それぞれ違うことを認める

人それぞれ大切にしていることが違っている以上、何をどうやっても「合わない」ということが頻発し、それを理解できないといつまで経っても怒らなくてはならなくなります。これは精神衛生上良いことではありません。

人それぞれが大切にしていることが違うことを納得していると、「あの人と合わないのは仕方がない」と思えるようになります。もちろん、怒り自体は感じるのですが、それに伴って自分の行動をコントロール出来ないほどになることは少なくなります。

そもそも人と自分が同じように考えていると考えることはかなり危険な考えと思います。そのような考えを持っていると、「なぜあの人はあんなことをするのか」とか「あの人は常識がない」とか余計なことで自分の感情を乱されてしまいます。

そもそも他人と自分は育ってきた環境や生まれ持ってきた性質が異なっているので、違っていて当然なのです。ところが、幼少期から同調圧力を受け続けているとこういう考え方ができなくなってしまいます。これは少学校や中学校の環境に大きな問題があります。

自分は変えられるが他人は変えられないことに納得する

自分の大切にしていることを変えることはとても難しいことです。ですが、他人の大切にしていることを変えることはより一層難しいことです。だからこそ、怒りの感情を感じること自体は仕方がないとしても、怒りの感情によって他人に行動を変えさせる(自分が大切にしていることを傷つけないようにさせる)ことはしないほうが良いと思います。

他人が自分の大切にしていることを傷つけることはいつでも起きうること、それに対して自分が怒りを感じるかどうか、怒りを感じたとしてその次に何をするのかは、自分が決められることを知ることが、よっぽど人生を楽しく過ごすことが出来ます。

この考え方は頭で理解できても納得することが難しい事かもしれません。ですが、冷静に他人と自分の関係を見直してみたときに、どっちの考え方のほうが人生を幸せに生きることが出来るだろうか?と考えてもらいたいのです。

自分の人生は自分が決めていくものです。もちろん外部からの影響を強く受けることは避けられないことですが、それでもそのような外部からの影響をどのように解釈して自分の人生に反映していくのかは、自分が決めることが出来るのです。

怒りのコントロール

なにか出来事があり、それを感じた自分がどのような感情を感じるのか?はなかなか変えることが難しいものです。つまり、「生まれでてくる」感情をコントロールすることは難しいことです。慣れてくればある程度はコントロールすることは可能ですが、基本的に「汗」と同じように自分ではどうすることも出来ないのが感情です。

一方で、その感情と行動をどのように結びつけるのか、感情が生まれた後に、どういった行動を取るかを決めることについては、意識でコントロール出来る範囲があります。

例えば、怒りの感情を感じてからどのような発言をするのか、怒りの感情を感じて荒々しい動作にするのか穏やかな動作にするのかは、自分で決めることが出来ます。

多くの人は怒りの感情を感じているときにそのようなコントロールは出来ないと思われるかもしれませんが、例えばお母さんが子どもに怒っているときに、電話がかかってきたとして、その電話に直前まで子どもに怒っていたときと同じような声色で電話に出るでしょうか?おそらくはいつもの(もしくはよそ行きの)声色を使っているのではないでしょうか。

怒りは必ず特定の相手(不特定の相手の場合もありますが、自分以外全員に対する怒りは少ないです)に対して生じます。そして、その人との関係が一瞬でも途切れてしまえば怒りの感情は消えるのです。

私が怒りの感情をコントロールするときには、自分とその人との間の怒りの感情を一旦自分から切り離します。「私は今あなたの○○という言動に怒っています」と言語化して、自分から切り離します。言語化することでその感情を客観視出来るようにしているのです。他人を変えることは出来ませんが、自分の状態を変えることは可能です。怒りに行動をコントロールされないように、自分の感情を自分の意志によって変えてしまうことで、怒りをコントロールするのです。

そして、その怒りの原因を見つめ直して、自分の大切にしている何を貶されたから怒っているのかを考えます。そしてその人との間で自分の大切にしているものを活かしつつ、関係を維持すべきか、維持したいのであればどうすればよいのかを考えて行動します。そうすることで、怒り自体は消えることはありませんが、それ以上に大切なもののために必要な行動が取れるようになります。

 

今回は自分の感情コントロールという観点で色々と書きましたが、もう少し分かりやすく説明ができるようにならなければいけないコンテンツでした。自分の心の中を振り返り、何度も問い直すことでもう少し分かりやすく出来るようにしたいと思います。

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